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70歳に手が届こうかというポール・サイモンをYouTubeで見た。ガーファンクルのいないひとりのステージで、バックバンドとともにあの素晴らしいスリーフィンガーピッキングでMartinを鳴らしていた。歌っていたのは『The
Boxer』。70年代に入るか入らないかの頃だったろうか、入り浸っていた雀荘の、タバコのヤニだらけのラジカセからそれが流れていたのを今でもはっきり覚えている。
新宿にフーテンがいた頃。なんて書いても今の若い人には「フーテン」なんて言葉はもはや意味を成さないんだろうけど、とにかく当時新宿はそういう奴らがいる猥雑な解放区のような街だった。ATGの映画がよくかかっていた『新宿文化』があって、路上では全共闘の学生の投げる火炎瓶が美しい炎を上げていた。やがて東大安田講堂が陥落し、まるで夏休み明けに会う友だちみたいに、薄皮一枚今までとはちょっと違って見える世の中のしらけた表情に、時代の歯車がゴトンとひとこま動いたのを知らされた。くすぶってるだけで決して燃え上がらない怒りのような感情が、あそこでもここでも行き場を探していた。
70年代に向けて、沈静とか収束とか、角を落とした平らな世界が顔を見せ始め、弾けたものは引っかき傷みたいなものだけを残して舞台から去っていった。本当に傷ついた人は何も語らなかった。ベトナム戦争はまだ続いていたけど、それはアメリカが標榜した正義の終焉の、もはやそれを祝うエンドロールの継続にしか過ぎなかった。ビートルズの終わりが近づいていた。高橋和巳は死に向かう病の床にあった。あらゆるものが、始まったものは終わる、という明快なテーゼから逃れられず、僕らは下を向くどころかどこも見ずに、ぱさついた出前のオムライスを食べながら、ただ延々とマージャン牌を積んでは崩していた。
『The Boxer』はそういう時代を自らの背景として世に出てきた歌だ。ポール・サイモン自らの手による歌詞は平易なようで実は難解で、使われる比喩を正確に読み解けるかどうかでこの歌に対する印象も大きく異なるものだったろう。でも、これは、あの時代の大多数である、十分に闘わずして敗れた半端な敗者に向けた歌だったのだ。この歌を聴いた若者の多くは、たとえ歌詞に隠された意味を十全に理解できなかったとしても、誰もがその旋律の中に、まだ希望はあるさと、そう静かに流れる通奏低音を聴いていたはずなのだ。
いいねぇ、サイモン、ジジイになってもカッコイイね、とモニターを見つめる自分の顔がほころんでくるのがわかる。40年を生き抜いてきた歌に触れて、僕は思うのだ。今この時代の歌が、はたして40年後に鮮やかにその時代を浮かび上がらせるんだろうか、と。「夢を諦めるな」みたいな使い古された呪文のような歌詞が、はたして誰かの心を揺さぶることがあるんだろうか、と。まだ希望はあるさ、とハコテンの淵から立ち上がるには、やっぱりいい歌が一緒にあった方が百倍いいと、グランド坂で途方に暮れたマンガみたいな日々を今思い出して、僕はひとり頷いている。
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