イタリア自動車雑貨店
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第40回  ● 5月に吹く風



ロレンツォさんの娘、ヴィットリア。ロレンツォさんはこの子が生まれてすぐ離婚した。
それにしても、僕より後にイタリアに現れたくせに、ヴィットリアはもうイタリア語が ペラペラである。当たり前だけど、くやしい。
 花を見る。トリノのミラフィオーリは、その言葉に由来する美しい地名だ。フィアットの本拠地。そのミラフィオーリのフィアットの工場が、来年閉鎖される。

  ユーロ圏もいまや25カ国を数えるまでに大きくなった。そうして近隣諸国との関税をはじめとする交易上の障壁がなくなれば、企業はその生産拠点を少しでも労働力の安い国へと移そうとする。利潤の追求を第一の命題とする私企業であれば当然の選択だ。経営危機が恒常化したフィアットが、労働コストの高い北イタリアのトリノでの生産に終止符を打つのも、もはや時間の問題だったのである。

  ということは、従業員は解雇ということ? という僕の問いに、朝のバールのテーブル席で、ロベルトさんは『LA STAMPA』から目を上げた。いや、ポーランドで働く気があるなら、どうぞ、ってことなんだよ。解雇だなんて言わないさ。

  ふぅ〜ん、と頷いて、僕は手持ち無沙汰に外の通りをぼんやり眺めていた。表面的には自動車の匂いが日に日に希薄になっていくトリノの街は、今、いたるところで2006年の冬季オリンピックを睨んだ工事が進行中だ。新しいホテル、広大な地下駐車場、ショッピングセンター、そして地下鉄もできる。フィアットの街、自動車の街という、本当は既に幻影となった、なのに船底のフジツボのようにビッシリと張り付いて離れなかったそのイメージから、トリノは今ようやく解放されようとしているのだ。遅れてきた時代の転換点が、オリンピック開催と歩調を合わせるようにとうとうこの街にも訪れつつある。

  5月とは思えない肌寒い日曜日の午後、トリノのスタジアムでユベントス対サンプドリアの試合を観戦した。ユベントスが2対0で勝った単調なそのゲームのあと、ご機嫌なロベルトさんに、ミラフィオーリを回って帰ろうと頼んだ。ずいぶん遠回りになるのでちょっと面倒くさそうだったけど、南に針路をとった新車のアウディA4アバントの中で、ロベルトさんはその日精彩がなかったデルピエロを語って饒舌だった。その話を聞き流しながら、そういえばデルピエロが黒の550 MARANELLOに乗ってるのを見たことがあったな、なんてことを窓の外に目をやりながら思い出していた。

  クルマがジョバンニ・アニエッリ大通りに入る。もうミラフィオーリだ。巨大なフィアットの建物が見えてくる。初めてここを訪れたときと何も変わっていない。取り巻く環境は激変したし、フィアット自らもこの街から少しずつ離れていこうとしているけど、この目に映る景色は、10年前のあの時と少しも変わっていない。そう、もう10年になる。

  いろんなことがあった。10年という歳月に値するだけのいろんなことがあった。エドアルド・アニエッリの自死、トリノ・ショーの打ち切り。ジョバンニ・アニエッリも亡くなった。イタリア・リラの退場、ユーロの登場。通いなれたバールがある日忽然となくなり、古い自動車部品屋はひっそりと店を閉めた。ロベルトさんの奥さんの大病、そして手術。ロレンツォさんの突然の離婚。ロベルトさんの工房にいたアルドさんは年金生活に入り、かわりにフランコさんがやってきた。そう、そんなふうにいろんなことがあった。日本で起こりうることが、すべて同じように起こったイタリアでの10年間。

  そして今、アウディA4の車窓をミラフィオーリが流れていく。変わらない姿が、かえって時代から置いてきぼりをくったようで、ドロンとした精気のない時間の下で眠っているようにも見える。これが自動車の世紀を彩った、イタリア車の聖地の現在の姿なのだ。

  残念だけど、感傷はない。僕はこれでいいと思ってる。なくなるものは全部なくなればいい。残るものは、何がどうであろうと残るだろうし、見えなくなったって生きている。

  オリンピック一色だろうと、トリノを丹念に歩けば、きっとそれがわかる。この街には抜きがたく「自動車」があるんだと、わかる。少なくともイタリアのクルマのエンジンに一度でも胸躍らせたことがある人なら、人知れず笑みを漏らすことが、この街のどこかできっとあるだろう。そして、そこではきっと誰かが生きていて、ファッションでも料理でもない、ほんとうに見たかったイタリアが、案外その近くに化粧気もなしにポツンと立っているのかもしれないのだ。

☆☆


シャツの店 セバスティアン。なんともさえない外観だけど、中は違う。重厚で、 風格がある。ひとつのことをずっと続けてきた品格もある。
 いつか入ってやろうと思っていて、これまでショーウィンドウを眺めるだけで済ませていた店にとうとう入った。『CAMICERIA SEBASTIAN』、その名も『シャツの店 セバスティアン』である。トリノ随一の目抜き通り、ローマ通りの東側、カルロ・アルベルト通りとカヴォール通りが交わるところにある店の外観はずいぶん煤けていて、その印象からすれば、もう終わり、と言ってもいいような店である。でもここは、川の流れの中にしっかりと鎮座する石のように、長い歳月をシャツ一本で生きてきた、トリノの伝統的な専門店である。

  飴色に鈍く光る木の床が無頓着に入っていくことを躊躇させる。自分の靴底の汚れが気になる、そういう類のよく手入れされた重厚な床だ。かすかにミシッと音を立てる。外のショーウィンドウにはたくさんのシャツが飾られているけど、店内のシャツはすべて襟の後ろ立てをこちらに向けて棚に並べられているので、あれこれ手にとって品定めするなんていう雰囲気ではない。自分はこういうシャツが欲しい、ということをきちんと告げて、何種類かの品物を出してもらう、そういうシャツ選びをしなければならない。

  その日、セバスティアンのウィンドウの前を通った時、鮮やかなブルーのストライプのシャツが目に入った。自分が普段選ぶものよりも幾分派手目で、でも、なんとなく心惹かれた。このシャツにネクタイを合わせるのはちょっと難しいな、とも思ったけど、いいな、という思いのほうが強かった。こういうときは買いだ。イタリアにいると、毎日、予定がきちんと立っているようで、でも飛び込みの用件に振り回されることも多いから、何かが欲しいと思ったら、思い立ったその時に買っておくのが鉄則だ。明日買おう、なんて言ってると、だいたい叶わなくなるし、日が経つとどうでも良くなったりもしてしまう。

  特に趣向を凝らしたというわけでもない素っ気ないショーウィンドウの前で、ちょっと迷ったけど、おりしも降り始めた雨に背中を押された。扉を押して、ボンジョルノ、と無人の空間に声をかける。木と石の匂いが微かに漂っている。一歩、二歩とゆっくり進むと、奥からボンジョルノと声が返ってきて、それと同時に初老の銀髪の男が現れた。こちらを一瞥する瞳は、目の前の異邦人を素早く値踏みするように上から下へと動く。好きだ、と思った。こういう店が好きだ。揉み手の愛想笑いなんて言うと大袈裟かもしれないけど、妙に人なつっこいのはいやだ。距離があるのがいい。適度な距離が。

  表のショーウィンドウにあるシャツが欲しいんですけど。あの濃いブルーのストライプのシャツが……。

  残念なことに、ここで自分の好みを詳細に告げるには、自分のイタリア語はまったく役不足だった。だから、とりあえず欲しいと思ったシャツを指定した。ちょっと眉間に皺を寄せて、それからクルッと振り返ると、その店の主であろう初老の男は、棚から2枚のシャツを取り出した。1枚はまさしく欲しいと思ったシャツで、もう1枚はそれよりも少しブルーが薄いものだった。

    2枚並べてみると薄いブルーの方が無難で、こっちを選んでおけばきっと後悔することもないな、と瞬時に思った。15秒くらいあれこれ思いを巡らせて、それでもまだ決めかねていると、その初老の男は濃いブルーのストライプのシャツの上に指を置いた。私の考えでは、あなたにはこちらだと思う、と彼は言った。それは見えない空気の流れに自分の言葉をそっと乗せるかのような、静かな言葉だった。

  その言葉がじんわりと胸に沁みた。その数日前、砲弾飛び交う市街戦の中を、わけもわからずまっすぐ歩いて無傷で帰ってきたような、そんな経験をした。世界中の幸運を全部自分のものにして、生きていた。心の中で、何かがコトンと音をたてて廻った。

  シャツを選ぶ。ただそれだけのことだけど、溢れてきそうな想いに心が高鳴る。僕はその初老の店主の祝福の声音に導かれて、濃いブルーのストライプのシャツを手に取った。いのちの脆さをくっきりと縁取り守っているような、際立つコントラストが眩しかった。

☆☆☆


トリノの生活。アンジェラさんの自転車。いつも不思議に思う、どうして外国の自転車 にはスタンドが付いていないんだろう。
  ロベルトさんの上の娘、フランチェスカが結婚すると聞いたのは今年2月のことだった。もう10年近く交際は続いていたから、結婚は時間の問題のようだったけど、医学部卒業から新米医師へと、フランチェスカ自身の問題としてきちんと形を整えなければならないことが少なからずあって、なかなかゴールには辿り着かなかった。

  燃えるような恋をして、その激情のおもむくまま結婚へと突っ走る、なんてことは彼女の場合やっぱりなかった。ライフ・コンサルタントの手による、入念な人生の設計図を持っているみたいに、フランチェスカはこれまでも慎重に、そして着実に階段をのぼってきていた。いつだって理性が勝っていた。新郎は学生時代からの友人、今は法律事務所勤務の弁護士である。

  去年の秋にはロベルトさんが買って与えた新居の化粧直しも終わった。トリノのローマ通りに程近い、一等地にあるガレージ付きのフラットだ。クルマもロベルトさんの会社名義のアルファ145から、銀色のアウディA3に替わった。彼女の人生の舞台は、そうやって完璧に出来上がっていく。君はここで踊るんだよ、と。

  ドットーレ(博士)の肩書きの名刺を持ち、30歳の誕生日にロベルトさんから贈られたカルティエのタンク・アメリカンを腕に、プラダのバッグを無造作に肩から提げるフランチェスカ。そうして、いつもイタリアの鷹揚ないい加減さを嘆くような顔をしているフランチェスカ。私はそれでもちょっぴり不満なのよ、とでも言いたげに。それは、イタリアの経済的に恵まれた家庭の子女が、埃っぽいイタリア社会をどこかで疎んじながら、私は違うんだと、けなげに自らに確認している姿のように、そんなふうに僕にはいつも見える。

  結婚式は5月29日に行われる。届いた招待状には、ヴェネツィアで、その日午後5時から、とあった。かつて、決して豊かではなかった生活の中で、父親の期待を一身に浴びてトリノ大学を卒業したロベルトさんも、そこヴェネツィアで奥さんのエリザベッタさんと知り合った。その両親のかぐわしい思い出の地で、その日、医師と弁護士という絵に描いたようなカップルが、祝福の鐘の音に包まれる。

 ありきたりだけど、幸せを祈る。ただ、ちょっとだけこんな想像もしてみたりする。フランチェスカ、君がもし、太陽がまた昇ってくるのを憎むほどの失恋をしていたら、どうだっただろうか、と。両親を嘆き悲しませるような割の合わない、でも一途な、そんな恋に生きていたら、君はどうだっただろうか、と。

  そんな、まったくもって余計なお世話でしかないことを想像しながら、ようやく陽の落ちた遅い夕暮れ、狭い路地のジェラート屋の店先で、ガリッとコーンをかじる。そこから見える少し先の、人通りの多いガリバルディ通りが、軒を連ねる店の灯りに照らされて明るく浮かび上がっている。ありきたりの不幸が、きのうのありきたりの不幸を追いやって、そうやって今日もまたそこを、たくさんの新しい嘆きが歩いていく。

  コーンを包んでいた紙ナプキンをポーンっとゴミ箱目がけて投げる。風も吹いたほうがいい。雨だって降ったほうがいい。フランチェスカ、僕はそう思う。




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