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第12回 諦めのイタリア



おへそがセクシーな愛しのアンジェリカ。 実物はもっと色白でキレイです。
    応接室にチョコラータを持ってきてくれたアンジェリカに、「大学はどう?」と訊いたら、ちょっと口ごもってから、もうやめたの、と素っ気なく言われた。私は自分のために勉強していたんだし、別にここの仕事とも全然関係なかったから。アンジェリカの言葉はどこか言い訳がましく聞こえた。

いつだったか随分前に、夜も更けたトリノの中心街で、大学帰りの彼女にひょっこり出くわしたことがあった。同じ大学に通う兄のアンドレアと一緒だった。大学といっても、彼女たちは正規の学生ではなく、日本でいうところのいわば聴講生で、授業も夜間に行われていた。昼間は僕の取引先で秘書兼経理として働き、週何回か市の中心部にあるトリノ大学に通っていた。

偶然出会ったその夜、アンドレアの持っているスポーツバッグを見ておやっと思った。そのバッグは僕がその日の午後に彼女の会社の社長のロベルトさんに進呈したものだったからだ。といっても別にプレゼントとして仰々しく渡したとかそういうものではなく、出先で手荷物が予想以上に増えてしまって緊急避難的に買ったもので、捨てるに忍びなく処分を任せたものだった。スポルディングかなんかのロゴがデカデカと入った安物の、中国製の怪しげなバッグだった。

テニスに使うよ、とロベルトさんは言ってたけど、やっぱりちょっと恥ずかしかったんだろう。ロベルトさんからアンジェリカ、そしてさらに兄のアンドレアへとバッグは転々とし、彼らと会ったその夜には、既にアンドレアの持ち物のいくつかが詰め込まれている様子だった。

なんていうんだろう、確かに最初はバッグの落ち着き先を巡る彼らのやり取りを想像して可笑しかったけれど、アンドレアがバッグを持って妹の傍らに立っている姿がひどく健気に見えて、捨ててしまう罪悪感から逃れるためにだけ他人の手にそのバッグを委ねた、そんな自分の行為の尊大さにバツの悪い思いをした。すぐに要らなくなるものなんて買わなきゃいいんだよ。自分の無神経さみたいなもの無言で突きつけられたようで、なんだか苦い夜だった。

アンジェリカ、ほんとに学校やめたの? チョコラータをテーブルの上に置いた彼女は、返事の代わりにちょっと首をすくめてみせた。どうして?ついこの前まで、楽しそうに通ってたじゃないか。

仕事が終わって小走りに大学に向かう彼女の夕暮れを知っていた。あの慌しい夕暮れを後にして、彼女は教室で何時間かの講義を受け、夜10時を過ぎる頃、家へ向かうバス停に急ぐ。そこから、バスをふたつ乗り継いで、その昔サボイア王によって建てられたSUPERGAという壮麗な教会のある丘の、その麓の街の家に辿り着く。彼女は2年近くこういう生活を送っていた。

前に進もうとする彼女のその慎ましやかな努力を、僕はとても尊敬していたけれど。

☆☆

どことなく重い色調の街を走るランチア・イプシロンを、僕のイプシロンから撮る。路面電車の軌道のある道路では、道路中央にクルマを駐車する。慣れないと停めるのはちょっと怖い。
  アンジェリカが大学に通うのをやめたのには、経済的な理由も大きかったと思う。いや、おそらくそれが最大の理由のはずだ。彼女の給料は月200万リラ。現在のレートで円に換算すると月およそ10万円である。もっとも今は異常な円高リラ安だからこんな額になってしまうのだけれど、平均的なレートで換算してみても月15万円にはるかに満たない。イタリアではこれが25歳前後の女性の平均的な給与額である。

衣食住のライフコストは日本に比べれば相対的に低いけれど、ガソリンは日本よりはるかに高いし、イタリア人のほぼ全員が持っているのではないかと思えるほどに普及している携帯電話に至っては、多機能の新機種で100万リラ以上、平均でも40〜50万リラはする。

服を買ったり、映画を見たり、友達と食事に行ったり、と若いからこそ出て行くお金はそれなりにあるだろうし、ましてやイタリアではそれがごく当たり前のことなのだけど、手にした給料から何がしかの金額を家に入れたりでは、聴講生とはいえ大学に通うのもそう簡単なことではなかったはずだ。「まともな仕事に就けるだけ幸せ」という言葉があながち誇張でもなんでもないほどにイタリアの若年層の失業率は高いから、アンジェリカもそんな一般的な現実を自分の座標軸の中に改めて置いてみることで、彼女の抱える彼女自身の現実を納得しようとしているのかもしれなかった。

それは繰り返される日常の、その瑣末な事柄の中に埋もれてしまうほどに小さな,小さな出来事なのかもしれないけど、自分の人生の積み木をひとつひとつ丹念に重ねていこうとするささやかな試みのひとつを、そおっと引き出しの中にしまいこんでしまったような、そんな空気が多くを語らない彼女の背後に漂っているように僕には思えた。

今は家で、自分で本を読んで勉強しているの、と応接室のドアの方へ身体を斜めに向けながらアンジェリカは言った。

うん、うん、と頷いて、オーケー、なんて気の利かない言葉を発して、その時おそらく彼女が望んでいたようにその話を終わりにした。何がオーケーなんだか……。

届けられない言葉は飲み込めもせずに、そのまま喉のあたりにとどまったままだった。

☆☆☆

 イタリアの人はよく喋る。相手の話が一息ついたとたんに,待ってましたとばかりに自説を展開し始める。サッカーの試合、F1、オリンピックなんていうスポーツの話題を筆頭にして、来年行われる選挙の予想、脱税で閉鎖された名門のバールの行く末、近所の息子の結婚相手、最近オープンしたリストランテの料理の良し悪し等々、誰かの口をついて出た話題はまるでそれが礼儀であるかのように、議論の俎上に乗せる。みんな自分の意見を言いたい人たちなのだ。

イタリア人は明るい、はたまた能天気だ、とよく言われるのは、そんな彼らの性向を指してのことだろうけど、確かにそれはある一面その通りのことだと思う。

平日の午前中、道路を封鎖して市が立つ。食料品、日用品はほぼすべて揃っていて、値段も驚くほど安い。お勧めは果物類。
  ただ僕は、イタリアに通い始めてしばらくした頃から、その明るさの背中合わせに言いようのないやりきれなさがあるように感じ始めた。それは“諦め”と言ったほうが正確かもしれないけど、どこかそういう感情が、イタリアのそれ自体が歴史建造物である街なかの建物の、その濃い灰色の外壁に、何世紀にもわたってしっかりと沁み込んできたような、そんな気がするのだ。

それはとりもなおさず厳然とした階級社会の生む空気にほかならない。 “CASA POPOLARE”と呼ばれる共同住宅に住む人々と、市内のレジデンシャル・エリアに住む人々では、立ち寄るバールもリストランテも違う。エスプレッソなんてどこで飲もうが100円前後でしかないものなのに。

自分の出身階級というものを有形無形に小さな頃から意識させられ、そのように育てられ,育ってゆく。極貧の階級と富裕層の二極、ではもちろんなく、マジョリティの中流階級を核にして、さらに細かなクラスが存在しているように思える。ここより他には行けない、となれば、ここで明るくやっていくしかない、というような、変に分をわきまえた怨念のこもらないすっきりした諦めが、たとえばポンコツのフィアットの、それだけが妙に派手なキルティング織りのシートカバーなんかから透けて見えてくる。1回の人生なんだから、明るく楽しまなくちゃ、なんてね。

アンジェリカの淡々とした物言いは、だからこそかえって、聞いているこちらのやり切れなさみたいなものを増幅させたけど、彼女はきっと今日も、西側に向いた自分のデスクの前で、次から次にやってくる仕事をいつもと変わらずテキパキとこなしているに違いない。おそらく、僕のセンチメンタルな想いなんて入り込む隙間もないほどに颯爽と、あの長い髪を揺らしながら。




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