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 イタリアが好きだ。イタリアに行きたい。そんな想いがふくらんで、いつしかそこでの暮らしを夢みるようになっていった……。待っていたものはなんだったのか。当店スタッフ山崎基晋は、京都での生活をリセットして、憧れの国イタリアへ飛んだ……。

第6回 「ホロ酔い気分」



語学学校始まる

 夕方、アパートで共同電話のベルが鳴り響いた。いつもなら真っ先に同居人のバレーリオが受話器の場所へ駆けていくが、あいにくだれもいない。イタリアに来てまだ一度も電話をとったことがなかったけれど、おそるおそる電話に出てみた。「プ、プロント…」(イタリア語でもしもしの意味)。受話器からは女性の声。ついさっきクラス分けの試験を受けた語学学校の、女性職員からの電話だった。明日からの授業開始時間とクラスレベルを伝えるための連絡、のようだった。

 少し躊躇してシドロモドロの言葉を繰り返していると、彼女はゆっくりと、表現方法をいろいろと変えながら話を進めてくれた。「授業は午後2時から、もちろん週末の土曜日と日曜日はレッスンがありません。文法とコミュニケーション会話で1日4時間。それぞれに別の教師がレッスンを担当します。それと、1クラスの人数は10人前後で編成されています」。多分、こんなことを言っていたのだと思う。想像力を働かせ、何とか理解できた僕に、受話器の向こうの彼女は笑いながら「チャオ」と明るく言って電話を切った。

 日本にいるとき、仕事をする傍ら、夜間、イタリア語の語学学校に通ったことがあった。2時間の授業を週に2回。半年間通った。会話はともかく、一通りの文法は理解できているつもりだったけれど、その日の電話の女性職員の宣告には愕然とした。初級から上級まで8レベルあるうちの下から2番目。う〜ん、ダメってことじゃない、これは。まあ、それでも、結構楽天的な僕は、最高レベルを習得する頃の自分を想像してワクワクもしていた。携帯電話でしゃべりまくってやる!と心ひそかに誓ったのだった。

 翌日の午前中、同居人のバレーリオもワグナーもすでに出かけてしまっていた。僕は時間をもてあましていたけど、一人でアパートにいるのがなんだか心細くて、早めに語学学校に出かけることにした。昼時のCorso Buenos Aires(ブエノスアイレス大通り)は真っ直ぐ歩くのに一苦労するほど、多くの人でにぎわっていた。イタリア人だけではない。さまざまな人種が行き交っている。その人たちの動きやざわめき、あちこちから聞こえてくる車のクラクション、そして排気音。ああ、パトカーのサイレンの音も聞こえてくる。違うなあ、と思った。これまで自分が、京都での日常の中で感じていた色や音や匂いとまったく違う。そうか、これが生のミラノの感触なんだ。僕は雑踏の中で、ひとりニンマリとしていた。

連日の宿題

 アントネッラは北イタリア出身で、典型的なミラノ訛りの言葉を話す(最初はミラノ訛りがどんなものかよく分からなかったが…)。相手をにらみつけるような表情が、少しヒステリックな性格を連想させるけど、見事なプラチナブロンドの髪でスタイルが抜群。とてもセクシーな31歳の女性だ。彼女が語学学校の文法担当の教師だった。小脇にカセットレコーダーと教科書を抱え、もう一方の手にはガス入りミネラルウォーターのペットボトルを持ち、いつも授業が始まる5分前に彼女は教室に入って来る。

 教室の扉を開け、雑談をしながら授業の準備をした後、生徒達にガムや飴を持っていないかと問いかける。好物なのだ。お決まりのように、誰かが差し出したものに、とても満足そうに笑顔を浮かべる。なんで自分で買ってこないのか、いつも思っていたけど、まあ、それはともかく、その貰ったガムを噛みながら、動詞の活用や過去分詞の説明を、彼女特有のはっきりとした発音と大きな声でゆっくりと進める。授業の始まりは大体いつもこんな感じだった。

 3階の一角にあるこの教室はレベル2の初級クラス、下から2番め。アイルランド人の女の子が1人、中国系アメリカ人が一人、あとは韓国人と僕を含めた日本人、全員合わせて12人。僕を除いて皆は先月のレベル1から約1ヶ月間の授業を共にしていた。すでにブロンドのセクシー教師を含めみんなの間には、連帯感のようなものが生まれていた。

 初級クラスは東洋系の人種が多い。イタリア語に近い文法や言葉を母国語とするヨーロッパや南米から来ている生徒はいきなりレベルの高いクラスからスタートする。文法や発音はまったく違っているけど、アルファベットの綴りを見ると、大体どんな言葉か理解できる英語圏に暮らしている人たちも東洋人より理解力が高い。中東の人たちも自分たちの国でイタリアのテレビ番組を日常的に見ることが出来るから、結構できる。その中で日本人はどうも「押し」が弱くて引っ込み思案だから、授業にグイグイ積極的に参加してゆく韓国人よりも、格段に劣っているように思えた。

 授業はもちろん全部イタリア語で進められる。生徒同士の会話もすべてイタリア語。日本人同士、韓国人同士、それぞれの母国語で会話をしようとするとアントネッラがキッと睨む。誰かの冗談で授業が脱線しそうになるたびに、彼女がビシッと活を入れる。雰囲気はとても明るく笑い声がいつも絶えなかったけど、僕にはその話題の内容がよく分からないことが多く、苦笑いをするのが精一杯だった。

 一見楽しさが第一のように思えるレッスンでも、アントネッラの組むカリキュラムはきっちりとポイントを抑えたものだった。毎日たくさんの宿題を出され、翌日には彼女の厳しいチェックが入る。その宿題と毎晩格闘するのだけど、あまり理解出来ない僕には徐々にストレスが募っていく。何度も何度も教科書と向き合うけど理解できない。今思えばそれもそのはず、verbo(動詞)、 aggettivo(形容詞)、plulare(複数形)、singolare(単数形)、語学習得のため基本となる大切な知識がまったく自分のものになっていなかったのだ。


酔っぱらって受けた授業

 ふと疑問がわいてきた。30歳にもなって、イタリアにまで来て、なぜこんなことをやらなければいけないのか。とにかくもう勉強はしたくない、宿題のことももう思い出したくない。そうだ、今日は授業をサボろう! 冷蔵庫から紙パックに入った安物の白ワインとスライスしてあるProsciuto Cludo(生ハム)を取り出し、昼間から一人で酒盛りを始めた。

 ワインを飲んでいると少しずつリラックスしていい気持になってきた。これまでのストレスでタバコを吸いすぎて食欲があまりなくなっていたのが嘘のように、無性に何か食べたくなった。スパゲティを茹で、トマトソースを絡め、ゆっくりと食事の時間をとった。誰もいない広いアパートのリビングでゆったりとテレビを見ながら、一人の時間を楽しんだ。酔いがまわりいい気持ちになってきた頃、不思議なことに授業に出たくなってきた。ふんわりとした気分で、僕はブエノスアイレス大通りを歩いていった。

 教室に入ったとき、授業の残り時間はもう30分を切っていた。アントネッラは僕の顔を見るなりいきなり、何をしていたの!と強い調子で尋ねてきた。いつもなら彼女のそんな口調に怯むところだけど、酔っ払ったいい気分のままに、「午前中、ずーっとワインを飲んでいた」と悪びれずに答えてしまった。アントネッラは目を大きく見開いた。次の瞬間、教室の中は大きな笑いの渦に巻き込まれた。モチロン彼女も大爆笑。とても興味深そうに「何杯飲んだの?どんなワインを飲んだの?」と次々と尋ねてきた。教室にいる生徒からも次々に質問攻めにあい、授業はすっかり中断してしまった。その時、イタリアに来て初めて、自分の発する言葉が生き生きとしているように感じた。

 この一件以来、僕はこのクラスにすっかり溶け込んだ。語学の習得にはリラックスして間違いを恐れないことが一番大切、ということも知った。これに味をしめた僕は、それからも時々、授業の前にこっそりワインを飲んだ。その時のイタリア語は、ほんの少し軽やかになった。こうやって「イタリア」が、僕の身体の中にゆっくりとしみわたり始めていた。



(つづく)




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