イタリア自動車雑貨店
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第11回 出発の日は雨が良い



 トリノ・ポルタ・ヌオーヴァ駅のプラットホームは、気が遠くなるほど長い。
そのプラットホームのいちばん後ろから改札口のあるいちばん前に向かって初めて歩いたのは、今から6年近く前。モノクロのリアリズム映画に出てくるような薄暗い駅舎の雰囲気が、初めての土地に降り立った心細さを否が応でも増幅させた。
このどこか重く澱んだような色調は、ミラノからトリノに向かう深夜の列車の中で、既に僕の目に映っていた。けたたましく言葉を投げつけ合う黒人の売春婦たち、酔っ払って通路にひっくり返える男、タバコを無心して歩くよぼよぼの老人---、そんな殺伐とした光景の中には、「陽気な」イタリアなんてかけらもなかった。鼻腔を通して感じる列車や駅の空気には、どこか排他的で閉鎖的、そして人生のある部分を投げてしまったかのような匂いがあった。
だから、イタリアに抱いた第一印象は、すこぶる悪い。

☆☆

  あの日、その長いプラットホームを独り歩きながら、思い描いたイタリアとの落差に悄然とし、ここには自分が知っている人間も、あまつさえ自分を知っている人間も、誰一人いない、という思いが、疲れた身体に津波のように襲ってきたのを覚えている。
長時間のエコノミーの座席と空港からのバス、そして列車。そんな移動の中で皺だらけになってしまったスーツを着て、大きな旅行鞄をゴロゴロ転がしながら暗いプラットホームを改札口に向かって歩いていた自分は、まるで次の前線に赴く疲れた兵士のように精気がなかった。
遠い改札口のその先に、そこだけ少し明るいコンコースが拡がっていて、その明るさに少し救われたような気になった。その時の僕にはそんな光景でさえ、自分がここに持ち込んできた「希望」の隠喩のように思えたから。
それから10分後、駅からタクシーに乗りホテルに着いた僕は、メーターの示す料金とは全然違う金額を運転手から請求され、なにがなんだかわからぬ うちにその金額を支払っていた。タクシーを降りてホテルの玄関の前に立ったとき、身体の奥深いところから、大きなため息が出た。

☆☆☆

 こうして今に繋がるイタリア物語が始まった。

☆☆☆☆

  出発の日は雨が良い、とは、『20歳の原点』(古い!)の中にしるされた詩の一節だが、僕はこのフレーズのリズムとそれ自体の持つ二重三重の意味のひろがりに、日本語の美しい奥深さがあると思っている。糸のような銀色の雨の中を、ゆっくりと鞄を肩に掛け、いつもと変わらぬ歩調で出かけてゆく、なんていうイメージを思い浮かべたりするのだけれど、翻って僕自身、そんな静溢な出発とは常に無縁の生活を送ってきた。
転機の数だけいくつもの出発があって、それは枝分かれした樹木のどの枝を選んで登ってゆくかという、いわば選択ということにほかならないのだけれど、思い起こして僕は常に落ち着いた態度でそれに向き合ってこれたわけではなかった。そこにあったのはいつも「混乱」だった。
今月、僕がこの『ITALIA NOW』にこんなことを書いているのには理由があって、それは、自動車雑誌『NAVI』の前編集長、鈴木さんが、新しい雑誌『ENGINE』を新潮社から創刊したことだ。
鈴木さんにとって、これはどんな出発だったのだろうか。

☆☆☆☆☆

 鈴木さんは、僕自身が『NAVI』の編集部員だった当時に、現二玄社編集総局長の大川さんに替わって編集長に就いた人だ。メディアにもいろいろ出てくるし、なんといっても『ENGINE』創刊号の表紙には鈴木さんその人がバーンと出ていたから、ご存知の方も多いと思う。
  その新しい雑誌を云々するのはこの稿の本旨ではないし、僕にはそんな能力もないが、発売初日、本屋の店頭でそれを手に取ったとき、ああ、鈴木さんの新たな船出だ、と僕はなんとなくしみじみとした。強烈な個性とそれに見合うだけのリーダーシップを持った人だけど、きょうはきっとどこかの書店の物陰から、平積みされた『ENGINE』の売れ行きをそっと見ていたいような、そんな気持なんだろうな、と僕は想像した。『NAVI』の頃だって、いつもそうだったから。
これで、僕が在籍していた当時の編集部員は、現編集長の小川さんを除いて、全員が『NAVI』を去った。この10年間という時間の流れのなかで、みんなそれぞれに自分の枝を選び、そこから先にひろがる虚空に飛び出していったのだ。
10年前、誰が想像していただろう。水道橋、三崎町のオンボロビルの編集部の中で、売れちゃいないけど、志だけは高い、と自意識に満ち満ちた雑誌を作りながら、10年後にはみんなここからいなくなる、なんてことを。『NAVI』に心血を注いでいた鈴木さん自身が『NAVI』を離れる、なんていうことを。10年というのは、そういう時間なのだ。
鈴木さんの『ENGINE』に幸多きことを祈る。

☆☆☆☆☆☆

 『NAVI』の幻影を振り切ってイタリアを選んだ僕は、冒頭に書いたように失意と希望の入り混じったようなお決まりの出発を演じ、試行錯誤『イタリア自動車雑貨店』を開店した。雨が良かった出発の日から5年が経っていた。


<最後に>
そして、それからさらに5年。
この9月4日で『イタリア自動車雑貨店』は5周年を迎えました。本当にありがとうございます。この5年間のご支援に、心より御礼申し上げます。5年間続けさせていただいたこと、ブザマな出発の日から考えると夢のようです。嬉しいです。




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